第一話となる「ロウカン翡翠」」は、主人公の川口新也が「永流堂」で翡翠の指輪を試着したところ外れなくなり……という、恐ろしい話。なにが恐ろしいって、翡翠のなかでも最高品質の「ロウカン翡翠(インペリアル・ジェダイト)」で、3カラット以上あり、エメラルドと見まごうほど透明度が高い……となると、そりゃもうお値段が恐ろしい。
その上、“いわくつき”ときたものだからさあ大変。果たして、無事に指輪を外すことはできるのでしょうか。
永流堂に登場する「お客様」は、基本的に一話かぎりの登場ですが、川口新也だけはシリーズ全編に登場し、ストーリーテラー的な役割を果たします。
第二話:象牙のウサギ
第一話を書き始める前に大筋ができていた話。とはいえ、ここまで悲惨な環境にするつもりはなかったんだが……。
第二話のお客は「中山亜由美」という少女。ウサギを追いかけていたら「永流堂」にたどり着き、そこで象牙のウサギを見つけるという不思議の国のアリスのようで、なんだかメルヘンチックです。
ストーリーの主軸は亜由美ではなく、その母親の「由美子」。シングルマザーで働きながら亜由美を育てていますが、その環境がとにかく悲惨。誰だ、こんなに悲惨な状態にしたの。(お前だ)
大まかな流れは作中に登場する「月の兎」をモチーフにしています。
第三話:カーラーグルの香木
ホラーテイストな作品を書こうと思ったら、思いがけずアダルティ(しかも倒錯気味)になってしまった作品。どうしてこうなった。
第三話の主人公はホストクラブ『アドニス』のナンバーワン「リク」ですが、言葉の端々に傲慢さが見え隠れしております。そんな彼がまぁエロエロ……もとい、いろいろ大変な目に遭います。文章としては「感覚」の表現にこだわりました。
第一話、第二話に比べると「L」の腹黒度がアップしています。出番は少ないけどね。
第四話:ウケモチの朱椀
「ほのぼの路線」を目指していたはずが、思いがけず哲学的?というか若干ホラー入ってるよね?という作品。またまたどうしてこうなった。
そしてまた毒親が出てくる。ほのぼのにするつもりが毒親がでて…このパターン知ってる!!進研ゼミで見たやつだ!!
「ほのぼの路線」はあきらめるべきなのだろうか。仕方ないね、作者が殺伐としてんだもの。
今回のお話のテーマは「仏教的無常観」と、そこから派生する「侘び寂び」や「食への感謝」です。食べ物がやたら出てきます。お腹いた。食べ物の描写にちょっとこだわりました。お腹空いた。微妙に、食べちゃいけないものも食べてますが、お腹空いた。
第四話はこれまでの作品とはいろんな意味で毛色が異なる作品。まず、「L」が「ワタクシはそう考えております」と、自分の考え・意見を話すシーンがある。ここまではっきりと「自分」を出すことはなかったはず…。一話から見ると、「L」が少しずつ人間味を帯びてきたといえますね。人間なのかどうかは怪しいですが。
さらに、エピローグに川口新也が出てこないのです。実は、これまで通り川口新也が出てくるエピローグを考えてはいたのですが、書いているうちに「どうもしっくりこないな」という気持ちになって変えてしまいました。新也君不在エンディングは初のパターンですね。
作者の考え・哲学的なものがよく出ている作品。何気に難産でした。
合冊版:永流堂奇譚 其の壱
永流堂奇譚シリーズ第一話から第三話までをまとめた合冊版。本文はこれまでのものと全く同じです。
ただし、合冊版には特別書き下ろし作品「店主の独り言」がついています。これがね…何気に面白いんですよ(超個人的に)
「店主の独り言」はいわゆるサイドストーリーやチェインストーリーと言われるもので、本編にリンクはしているものの直接的な関わり・影響のないお話です。つまり、読んでも読まなくても大丈夫よという代物。
この作品の最大の特徴は、「店主の独り言」とある通り、語り形式であることです。誰が語るって?もちろん「L」です。
語り形式のお話というのは一人称視点と似ているのですが、一人称視点は「読者=主人公」であるのに対し、語り形式は「読者は聴き手であって、主人公ではない」という独特なスタンスが風変わりで好きです。
基本は「独り言」なのでお話を淡々と聞かせてくれる感じなのですが、時々「聴き手」に話しかけてきます。そうなんです、話しかけてくるんですよ、「L」が。
話してくれるのは本編に登場予定の刀にまつわる思い出話で、「永流堂」の店名の由来にもまつわること。なのですが、なんともいえないズレた話しぶりがユーモラスで、思わずニヤリとしてしまうのではないかと思います。
「今からお話しすることが嘘か真か、それはワタクシにとってあまり意味のないことでございます。どうぞ、あなた自身の目と耳をもってご判断ください」とくるこのお話。のっけから「Lらしさ」全開です。イケボで音声化してほしい。(無理)
第五話:サダモリの太刀
第五話は「合冊版」のサイドストーリー「店主の独り言」に登場した太刀のお話です。この作品も大まかなイメージはかなり初期にできていたのですが、構想当初は太刀ではなく甲冑でした。
しかし、サイドストーリーを書くあたりで、「甲冑では持って帰るのが大変じゃないか」と思い、甲冑から太刀に変更…と相成りました。
一話で完結するメインストーリーは構想当初とは異様に大幅な変更はないのですが、シリーズ全体を通した「永流堂とLの物語」との関係性は大幅に変更。
第一話から第四話までと同じように、「永流堂とLの物語」にはあまり影響しない作品の予定だったのですが、一転して新展開をにおわせる作品となりました。
まぁ、そういったストーリー的な部分はあまり苦労がなかったのですが、何が大変ってとにかく日本刀、および太刀についてのリサーチがね…いやもう、なんで太刀にしちゃったんだろうと思うレベルで大変でした。
はっきり言って、日本刀って完全に「沼」です。ものすごく奥が深くて複雑で…。しかも、打刀よりも古い「太刀」となると、資料が極端に減るのですよね…。
実戦で使われていたものなのだから消耗もするし、消耗すれば資料として残らない。資料として残っているものは「儀礼用」などに使われたもので実戦用ではない…というような状態です。なんだこの、帯に短し襷に長しみたいな状態は。
柄やツバといった「拵え」関しても現存する実物が少ないので、動画を作るときも非常に悩みました。レプリカや江戸期に作られた「太刀拵え」はあるのですけどね…。
ホント、なんで太刀なんかにしたんだよと。まぁ、甲冑は甲冑で沼なんですけどね。
表紙デザイン、動画づくりでもすごく悩んだ第五話。実は少し不完全燃焼。もうちょっと長い作品にしてもよかったかもしれません。
「合冊版 其の弐」にまとめるときは加筆が入る可能性アリです。もちろん、加筆したら分冊版の方も加筆済みデータに差し替えます。後から修正や加筆ができるというのが電子書籍の良さですよね。
第六話:緋色のギヤマン
「緋色のギヤマン」の「切子のグラスと異世界」という組み合わせは永流堂シリーズを書き始めたころから出来上がっていたのですが、内容的には構想当初とは違うものになっています。最初に考えた内容では、現在の永流堂シリーズに沿わなくなっていたんですよね。
構想当初はもっとカジュアルな内容で、主人公ももっと若い設定だったのですが……結果的には、変更してよかったと思います。
第六話のテーマは「葛藤」です。「つらい場面に直面した時、人生をリセットすることができるとしたらどうする?」という問いと、それに対する一つの答えを書きました。もちろん、時間を巻き戻して「やり直す」ことは不可能ですので、「つらいことが起こる前まで記憶が退行する」をという形になっています。
「つらいことを忘れたい」という気持ちは誰にでもあるものですが、記憶は無数の細い繊維をより合わせることでできた長い長い一本の糸のようなもので、小さなエピソードの集合と連続でできているのですから、一部にできた「コブ」だけを取るというのは無理なんですよね。
だって、繊維をばらしたらもとには戻せないし、長い糸から繊維を一本だけ抜こうとすればグチャグチャになりますよね。そんな感じで、記憶をピンポイントで無くすと人格的とか精神とか不具合が出ます。他の部分との整合性が取れなくなるわけですしね。
じゃあどうするかというと、これはもう「切る」しかないんですよね。ブツッと。つまり、「つらいこと」が起こる前までの記憶をごっそり捨てる……一種の記憶喪失です。
でも、人生って苦しいことの連続ですから、コブを見つけるたびにブツンブツン切っていくと赤ん坊まで行くことになる。究極的には「生まれたこと自体が苦」ともいえる。生きているからこそ苦が生まれるのですから……。
記憶という名の河を遡っていくと、最後にたどり着くのは母なる場所です。「緋色のギヤマン」の中にある世界は心の奥深くにある胎内の記憶をイメージ化したものです。
この話では第一話の主人公で第二話以降は狂言回し的な役割を演じてきた川口新也が活躍します。
永流堂シリーズは「何話で完結しよう」という計画を立てているわけではありませんが、第六話は物語のターニングポイントです。ここから少しずつ「永流堂の物語」が動いていく予定……だけど、どうなるんですかねぇ。
合冊版:永流堂奇譚 其の弐
永流堂奇譚シリーズ第四話から第六話までをまとめた合冊版。特別書き下ろし作品「伊太利亜夜話」がついています。
其の壱と同じように、今回の書き下ろし作品もLの語り形式で、本編には直接かかわりがない…けど、実はちょっとだけ関係があるのですよ、というお話。
今回はタイトル通り、イタリアにいくお話なのですが、内容的には現在非公開作品の「五聖宝シリーズ」のクロスオーバーです。その作品の中で五つの聖宝のうち一つがイタリアにあると判明し、ルーゼットとカルラの二人がパーティに潜入するというエピソードがあるのです。
そちらはカルラ視点なのでLと麻利絵は一切登場しません。クロスオーバーではあるものの、どちらの本編にも直接関係しないという立ち位置の話です。
本編とは違うことをさせられるのが書き下ろしの醍醐味ということで、ここは一つLに洋服を着せようと。実は以前から「洋服を着せる話を書こう」と計画はしていたのですが、本編で洋服を着せるのは難しいということで書き下ろしで。
麻利絵さんの協力もあり、無事、燕尾服を着せることに成功したわけですが…その代わりというか、想定していた流れとは全く違う行動を取られてしまいました。
麻利絵さんも作者である私も、Lにすっかり「いいようにされてしまった」というお話。まったく、彼にはかないません
第七話:センリの掛け軸
第七話は第六話までの流れとはガラッと変わり、メインストーリーと永流堂の物語という「外と内」が一つになったお話。
これまでは狂言回しとしてメインストーリーとは絡んでこなかった川口新也が主人公の座に返り咲きます。やったね!
今回はページ数を意識せず書きました。ストーリーの形がすらすらと出てきたので、そのままサラッと書いた感じとでも言いましょうか、あまり深いことは考えていないと言えるかもしれません。よいのか悪いのかはわかりませんが。
一応、形としては完結してはいますが終わり方は第八話への引きとなっています。この点も、これまでとは違うところ。波乱の予感のままの終わりです。
テーマを特に設定はしていませんが、しいて言うなら蓬菊の花言葉がテーマかもしれませんね。
第八話:魔女のパンクリアス
第七話の続きとなる第八話は、これまでの永流堂シリーズとは異なり「一人称視点」がメインとなっています。
しかもメインストーリーの主人公は麻利絵で、これまでは骨董品の”いわく”が主軸でストーリー展開していたのが、今回は永流堂に関わる人物が主軸に展開しております。第六話までとはまるっきり反転しているというわけですね。
この話はこれまでの「伏線回収」的な内容でもあり、麻利絵のこと、永流堂のこと、Lのことが明らかになる回でもあります。
これまでの作品に登場した人物が再登場するなど、七話までの集大成的な作品といえるかもしれません。
そして今回は、なんといってもクライマックスです。そんな展開になってしまうのですか…いいんですかこれ、出してもいいやつなんですか。
第七話からの引き続きとなった第八話ですが、物語はさらに第九話に続いていきます。第八話の終わりがこれだから、第九話はどうなってしまうんでしょうね?
第九話:哀傷のヒトガタ
第七話から繋がってきたリレーのような物語もついに最後となる第九話は、永流堂奇譚シリーズ「第一部」の最終話でもあります。
第八話では麻利絵が主人公の一人称視点になっていましたが、第九話では再び骨董品の”いわく”に絡むストーリーと永流堂…というかLに関するストーリーが進行する三人称スタイルに戻ります。いわく絡みのストーリーとLのストーリーがあまりクロスオーバーしないという点では、第一話から第六話までとほぼ同じです。
ただし、第九話のメインストーリーは”いわく”の方ではなくLのストーリーです。
第七話、第八話からの続きではありますが、繋がりとしては登場人物と状況のみといってもよいほどストーリーは独立しています。
その登場人物ですら、Lとジョルジオ以外はプロローグとエピローグで登場するだけ…みたいな状態ですので、極端な話「七話と八話を読んでいなくても、大筋には支障がない」という内容です。
”いわく”に関するストーリーはライトで少しコミカルな要素を含んだお話です。第一話と少し似た部分があり、これまでの永流堂シリーズらしい内容といえるでしょう。
一方、メインとなるLのストーリーの方はLとジョルジオの密室劇的な内容となっており、その内容がなんというかこれまでとはあまりにも毛色が違ううえ、色々な意味で濃いので「ドン引きされるのでは」と心配になってしまうようなものとなっています。一言でいうと「淫靡」というか「耽美」というか、そういう系でしょうか。こういう系統の話を書いたことはなかったのですが、実に楽しく書かせていただきました。
第九話では第七話から本格的に姿を現した「教団」の教祖が登場し、Lと対決することになります。あのね、アクションとかバトルのシーンは苦手だからね…って言ってんのにおっぱじめやがったよ、こんちくしょう!!
最終話ということであまり具体的な話はできないのですが、シリーズ最長・最濃のお話となっています。これまでのライトなファンタジー展開と濃厚な密室劇、教祖との対決、Lとは何者なのか…などなど、さまざまな要素が詰め込まれています。
是非とも味わい尽くしていただきたく思います。
合冊版:永流堂奇譚 其の参
「其の参」は永流堂奇譚シリーズ第七話から第九話までと、特別書き下ろし作品「勿忘草の契り」をまとめた合冊版です。
これまでの書き下ろしはLの語り形式でしたが、今回はジョルジオの一人称視点で、内容も第九話と一部が重なっています。セリフや場面、全体の流れが「哀傷のヒトガタ」と同一になっていますが、三人称と一人称では内容も自然と変わりますので、「哀傷のヒトガタ」の後に読むと「このシーンではこんなこと考えていたのか」と感じていただけるかと思います。
あと、重なっていない部分もあります。ええ、第九話ではカットされたシーンです。第九話ではカットされたシーンです。(大事なことなので二度)
どういうシーンかはあえて言いませんが、書きたいと思っていたシーンではあるもののいざ書き始めると恥ずかしく、合冊版を発行する際も「これ、本当に出していいのかな」と若干躊躇してしまうような内容になってしまいました。
ただ、これはあくまで私がただ恥ずかしいと感じるだけで、読んだ方には恥ずかしがるような内容ではないと感じるかもしれません。その反対に、人によっては引くかも……。
書いてしまったものは仕方ありませんからね。仕方ない仕方ない。とりあえず、好き嫌いが分かれる内容だということだけ頭の隅にでも置いて頂ければと思います。
「其の参」は三部作的な形になっている第一部の最終三話を一冊にまとめているので、短編の合冊というより長編小説のような趣があるかもしれません。データを切り替えることなく、最後まで一気に追いたいという方におすすめです。