Frédéric Chopin - Etude Op.10 No.3 - Joseph K. Stieler


永流堂奇譚第六話「緋色のギヤマン」トレーラームービーのBGMはショパン「別れの曲」です。
なんというか「またショパンか」といわれそうですが、ええ、またショパンです。好きなんですよ。
前回はBGM選びにとても時間がかかったのですが、今回は作画の段階で「別れの曲にしよう」と考えていました。

「別れの曲」はピアノはもちろんギターやヴァイオリン、琴など様々な楽器で演奏されています。
また、ロシア出身の指揮者ムラヴィンスキーがオーケストラ用に編曲しているなど、ショパンの楽曲のなかでも知名度・人気共に高い曲です。
しかし、この曲はもともと数ある練習曲の一つであって「別れの曲」というタイトルがついていたわけではなく、ショパンの生涯を描いた「別れの曲」という映画でこの曲が使われていたことから「別れの曲」と呼ばれるようになったそうです。
そんなわけですので、ショパンがこの曲を作曲するにあたり「別れ」をイメージしていたかは定かではありません。
ただ、ショパン自身ショパン自身も「これ以上美しい旋律を作ったことはない」と語っているほどだということなので、単なるテクニック習得用の練習曲ではなく、ショパンなりの思い入れがある曲であろうということは想像ができます。
思うに、この曲からどのような情景を思い浮かべ、解釈し、表現するか、どのような感情を乗せて音楽にするかも含めて練習するための楽曲なのでしょう。
であるとすれば、タイトルなどはつけられていなくても何らかのテーマがあると考えるのが妥当です。明確ではないにせよ、回答があるハズ…。
私は「別れの曲」の映画を見ていないので、どのようなシーンで使用されていたのかはわかりません…という前置きをしてから、私の個人的な解釈といいますか、曲から浮かぶイメージについて書きます。

恋人を亡くして悲しみに暮れていた一人の男。やがて時が流れてその悲しみは癒え、そろそろ自分の人生に立ち返るべきかという考えがもたげてきたころに新しい恋に出会います。
己の人生に立ち返り、新しい恋の喜びを享受するためには、過去と決別しなくてはなりません。
しかしそれは、かつて愛した人…時に、後を追ってしまおうかと思うほど深く愛した人を時間の中に置き去りにしてしまうことのように感じられるのです。
男は苦悩しますが、過去と決別することを決意。心のなかにいる亡き恋人に「とても言いにくいことだけど…」と、語りかけます。
あなたと別れることは悲しい。しかし、私は生きた者であり、前に進まねばならないのです。あなたを置いていく私を許してください。あなたのことは忘れません。ありがとう。愛しています。
こうして男は自分の人生に立ち戻り、新しい恋に夢中になります。
しかし、ある時ふと気づくのです。あんなにも深く愛したあの人のことをすっかり思い出さなくなっていたこと。そして今となっては、顔や声までもが記憶から零れ落ちていること。
男は激しく動揺し、罪悪感に苦しみます。心は千々に乱れ、かつての苦しみや悲しみが蘇り、息もできぬほどの激情にさいなまれ、己の無情に深く傷つくのです。
ですが、その苦しみもやがて過ぎ去り、かつて愛したあの人は忘れられない思い出として心の中に刻まれ、時折思い出しては胸を疼かせるかけがえのない存在に変わるのでした。

「緋色のギヤマン」は「喪失の痛みと苦しみ、それをいかに受容し、乗り越えていくか」がテーマです。
喪失の対象は恋人ではないのですが、私が思い描く「別れの曲」のイメージが作品テーマにぴったりだったので、「この曲しかない」と思ったのでしょうね。

こちらはピアノにヴァイオリンと管楽器を少し合わせた編曲。
大仰すぎて好きではないという方もいらっしゃるかもしれませんが、切々と歌い上げるようなヴァイオリンの響きにはグッとくるものがあります。
中間部分を省略されているのが残念ですが…。