旅人とラクダと天使

一人の旅人が月の砂漠を旅していると
盲目の天使が天から降りてきました
「私はお前のことをずっと見守っている」
そういうと天使は空へ帰ってゆきました

ある日、旅人の水が残りわずかになったとき
小さな泉を見つけたので駆け寄ると
盲目の天使が再び天から降りてきました
「その水を飲んだり持ち歩いたりするとみんな死ぬ」
旅人は水をあきらめました

ある日、旅人が野宿の準備をしていると
盲目の天使が再び天から降りてきました
「まだ眠ってはいけない。歩け歩け」
言われるままに旅人は歩きました

旅人よ、この砂漠は
お前の心が作り出したもの
私を信じて従えば
この砂漠を抜けられる

旅人は砂漠がつらいと思ったことがありません
なぜならこれまでずっと砂漠を旅していたからです
荷物を抱えてとぼとぼと
一人でも楽しく旅をしていました

旅人は天使の手を握ろうと手を伸ばしました
天使は旅人のそばから身を引くと
そのまま天に帰ってしまいました

旅人が天使のそばへ近づこうとしても
天使はいつも天へ帰ってしまいます
旅人は悲しくなりました
楽しかった旅が急につらくなりました

ある日、旅人は一匹のラクダに出会いました
ラクダは旅人に微笑みかけると
その温かい背中にひょいと旅人を乗せて
とことこと歩き始めました

旅人とラクダは一緒に食事をします
旅人とラクダは一緒に眠ります
旅人もラクダもお互いをとても大切に思っています
つらかった旅が前よりずっと楽しくなりました

ある日、旅人が一人でいるとき
天使が再び天から降りてきました
「あのラクダはお前を不幸にする」
旅人は泣きました

出会って間もないラクダと旅人ですが
一緒にいるととても幸せな気持ちになれるのです
いままで天使のことを信じてきた旅人ですが
ラクダと別れることはできないからです

旅人はぎゅっと目を閉じました
これ以上私から何も奪わないでください
そう叫んで目を開けると天使はもうそこにいませんでした
そして二度と姿を現しませんでした

月の砂漠をはるばると
旅のラクダが行きました
背中に乗った旅人は
遠い都を目指します

本物かもしれません
蜃気楼かもしれません
不幸になるか幸せになるかわかりません
それが旅というものです
でも旅人は知っています
行ってみないとわからないことを

旅人は幸せになれるのでしょうか?
それはまだまだわかりませんが
ラクダと一緒にいるとき
とても幸せなのは間違いありません

月の砂漠をはるばると
旅のラクダが行きました

ずっと黙って行きました…