征四郎梅

 お寒いのにようこそいらっしゃいました。
こんな山奥の田舎ですさかい、お食事でお出しできるもんなんてこんなもんですけど、どうぞ召し上がってください。
村の中はもう周られましたか? まぁ、そない言うても、ご覧の通り何もない村ですけど。
あるもん言うたら、山と温泉ぐらいですわ。まだ二月やさかい、山はまだ寒うございますから、うちの温泉でよければ、堪能してってくださいな。
 ところで、征四郎梅はご覧になりましたか? ええ、丘の上に一本だけ植わってる梅ですわ。今年も紅色の花がようけ咲いて、見事な姿でしたでしょ。
いえいえ、征四郎梅いうんは品種やありまへん、品種はたしか……ヨウロやったかいな……そうそう、養うに老人の老でヨウロウですわ。
あれが征四郎梅と呼ばれるようになりましたんは、私の爺さんが、まだ若い時分からですわ。

 征四郎梅が植わってるあの丘は、今はただの空き地ですけど、その頃は一軒の家が建っとりました。
そこには子供のおらん老夫婦が住んでいましてな、爺さんの名前は征四郎、婆さんの方は信子言いますねん。
二人はあんまり表に出やんかったさかい、あんまり親しい人がおりませんでな、付き合い言うたら、雨漏りやらの時に来てくれる、大工の源八いうチョンガーくらいのもんでした。
はい? チョンガーですか? ああ、今の人はチョンガーなんて古い言葉、使やらへんのですね。ええ年して結婚もせんとブラブラしとる、独身男のことを指しますねん。
 その源八ですけど、幼い時分に両親を亡くしましてな、身寄りの無い男でしたさかい、爺さん婆さんのことを両親のように思うとりましてな、爺さんたちの方も、源八のことを我が子のように思うとったそうです。

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