突然の訪問者

「人違いじゃないッスか?」
 さっさと爺さんを追い払って執筆に戻りたかった。ボケ老人に構っている暇はないのだ、今は――「山上篤志さんでしょう?」
爺さんの言葉に、俺の背筋がサッと冷たくなる。
なんだこの爺さんは? なぜ俺の名前を……ペンネームじゃなくて本名を知っているのだ。
俺は小説の『著者近影』にも写真は公開していないし、本名も生年月日も書いていない、加えて、ペンネームは男とも女とも取れる名前だ。
だから、普通に俺の作品を読んでいるだけでは、俺の名前どころか住んでいる都道府県すら分かるはずがないのだ。
「まだ時間があるので、上がらせてもらいます。」
 爺さんは呟くように言うと、俺が拒否する隙もなくさっさと部屋に上がりこみ、居間のテーブルの側に、姿勢正しく座ってしまった。あの馬鹿でかい砂時計は、爺さんの横にでん! と置いてある。
頭のおかしなファンだろうか?
しかし、どうして俺の名前や住んでいる場所が分かったんだろう?
そもそも、俺のような中途半端な作家に、大作家のような熱狂的ファンがいるとも思えない。
 俺は首をひねりながら爺さんに近づいて行く。
「爺さん。」
「……。」
「爺さん! あんた誰だよ?」
「……。」
爺さんの耳元で俺は何度も呼びかけるが、爺さんはまるで岩のように押し黙って座っている。
砂時計のほうは、ただの大きな砂時計というだけで、それ以外は到って普通の砂時計だ。濃いピンクの砂が、サラサラという音を立てて落ちている。
 肩を叩いても、体を揺さぶっても爺さんは動かなかったし、声一つ上げなかった。
別段何かするわけでもなく、何かを盗みに来た様にも思えないし、とにかく今の俺は一分一秒でも無駄にしたくない心境だったので、気持ちは悪いが放って置くことにした。
あと数時間すれば本物の編集者が来るだろうから、その時に爺さんを追い出してもらおう。もし、その時に原稿が進んでいなければ……悪いが、爺さんのせいにしてやるか。
俺は爺さんに背を向け、パソコンに向かって執筆に戻った。