突然の訪問者

「うおー! 終わったぁぁ!」
 カーテンの隙間から朝の光が忍び込む頃、俺は時間との戦いに勝利し、大きな伸びをしながら歓声を上げた。
そして、爺さんのことをはっと思い出し、居間の方へ振り返る。
爺さんは、そこに座ったときからピクリともしていなかった。まるで石像だ。
動いていたのは、時計の中の砂だけだった。ピンクの砂はサラサラという音を立てながら重力に任せて落ち続け、残りの砂は僅かになっていた。
「爺さん、まだいたのか。もう少しで編集者が来る。追い出される前に帰りな。」
「……。」
「まぁ、いいや。爺さん、コーヒー飲むか? どこの誰だかしらねぇけど、俺は今気分がいいから淹れてやるよ。」
 気分がいいのは嘘ではなかったが、それ以上に限界に近い睡魔が襲ってきていた。
編集者が来るまで起きていなければならない、今眠ると確実に起きられなくなり、仕上げたにもかかわらず原稿を落としてしまいそうだ。
だから、起きているためにも濃いコーヒーと、話しかける相手が欲しかったのだ。
 コーヒー豆の入った缶を開けると、なんともいえない香りが鼻腔をくすぐる
。 ヤカンを火にかけ、湯を沸かしている間に豆を挽く。モカ特有のどことなく甘い香りが一層強くなる。
一刻を争う修羅場では、こんな風にコーヒーを楽しむ余裕などなく、美味くもないインスタントを飲んでいた。
久々に飲む『本物のコーヒー』に、俺は胸が弾んだ。
 ネルを使って二杯分のコーヒーを淹れ、居間に運ぶ。爺さんは相変わらずジッと座っていた。
「ほら、飲めよ。こいつはなぁ、そんじょそこらの豆じゃないんだぜ。高くていいやつなんだ。だから、原稿が仕上がったお祝いの時しか飲まないんだ。」
爺さんはコーヒーの匂いも全くしないかのように、鼻をひくつかせもしなければカップを一瞥すらしなかった。
「なぁ爺さん、俺の家なんてどうやって調べたんだ?」
「……。」
「迎えに来たって言ってたけど、それってその格好と関係あるの? ていうか、燕尾服って始めて見たよ。」
「……。」
「爺さんいくつ? 俺のじいちゃんよりは若そうだけど。」
「……。」
 色々話しかけても、爺さんはやっぱり無言だった。
そんなことは関係なく、俺は喋り続けた。頭の中に霞がかかったような感じがするくらい眠気が酷く、とにかく喋っていないと眠ってしまいそうだったからだ。