長い夜のすごし方


 ボンベイの、悲しくなるほど綺麗なブルーの壜に、アタシの顔が歪んで映っている。 化粧を落としたアタシの顔。目の下はくっきりとしたクマ、肌はガサガサ。まるで四十代のような疲れた顔をしている――まだ三十路前なのに。
アタシの中で表現しようのないイライラが湧き上がってきた。どうしてアタシはこんなに苦しんでいるのだろう? アタシがこんなに苦しいのに、どうしてみんなは平気な顔して眠っていられるんだろう? アタシがこんなに辛くて長い夜を過ごしているのに!
 アタシは持っていたグラスをほんの少しだけ乱暴に。けれど、割れないように細心の注意を払いながらテーブルの上に置く――ベネチアングラスのいいヤツなんだ。酔っていてもそれだけは忘れない。――と、電話の受話器を上げた。
アタシには、こんな時間に愚痴を言ったりする相手はいない。もちろん、この理不尽な怒りを受け止めてくれる人も。
 だから、アタシはでたらめな番号を押した。
プップップ……という音の後、機械的な女の声が聞こえた――「おかけになった番号は」――すぐに電話を切って、もう一度でたらめな番号を押した。
今度はコール音が鳴って、七回目で受話器をとる音が聞こえた。
『……もしもし?』
眠そうな女の声が聞こえた。
『もしもし? 誰?』
アタシが何も言わずに女の声を聞いていると、彼女は不愉快そうな声を出した。
声の感じから言うと、アタシより少し年上くらい。きっと、アタシと同じように働いている人で、ぐっすり眠っていたんだろう。
『バカっ! 死ねっ!』
彼女は荒々しく電話を切った。