長い夜のすごし方

 アタシは別におかしくもないのに笑いがこみ上げてきて、気がつくとクスクスと笑いながら新しい番号を押していた。
今度は短いコール音の後に、中年の男が出た。
『もしもし?』
「ふふふふ」
 さっきから引きずっていた笑いが抑えきれず、アタシの声が相手に聞こえてしまった。 まあいいや、このオジサン、ちょっと渋声でアタシ好みだし。無言よりは長く話してくれるかもしれない。
『冴子か?』
違うよ。アタシは冴子じゃない。君枝だよ。
ひそひそ声でアタシのことを違う名前で呼ぶオジサンがおかしくて、アタシの笑いは本格的に抑えきれなくなる。
『冴子、どうしたんだこんな時間に。』
「ふふっ、ふふふふ」
 アタシの笑い声が忍び笑いから高い笑いに変わろうとしたとき、電話の向こうから声が聞こえた。
『あなた? 誰からです?』
冷水を浴びせられたように、アタシの中で何かが急激に冷めていった。
オジサン、結婚してるんだ。冴子……不倫か。くだらない。少しでも好みだなんて思った自分が馬鹿みたい。
『なんでもない、ただの間違い電話だよ。』
そういうとオジサンは、秘密をそっと隠すように電話を切った。
きっと、冴子との関係もこんな風に切るんだろうな。変に優しくて、キザったらしくて、自分だけが傷ついたような顔して。
そんな態度されるとアタシは凄く傷ついてるのに、悪女のように振舞うしかないんだよ。アンタなんてただの遊び、アンタなんていなくても平気よ。傷ついてなんかないわってね。