六花の朝

冬は嫌いだ。
遠い昔の記憶が蘇るから。
それがどのくらい昔のことかはもう思い出せない。
けれど、あの日感じた強い後悔だけは、今も鮮明に思い出すことができる。

誰かに呼ばれた気がして寝台から飛び跳ねるように身を起こした私は、まだ眠りの世界に半分浸かったままの目で周囲を見回した。
「誰です?」
青白い月明かりと凍り付くような夜の闇の狭間で何かが揺らめいたような気がして声をかける——が、返事はない。当然だろう、この部屋にいるのは私ひとりなのだから。
また、夢を見たのか。
私は大きくため息をつくと、額に手を当て前髪をかき上げる。衣擦れのような音を微かに立てたそれは、月明かりを浴びて輝きながら指の隙間から零れ落ちた。
シミ一つない純白のシーツを見つめながら先ほど見た夢に思いを巡らせる。しかし、目覚めた瞬間に崩れ去った夢を思い出すことはできず、水に溶けた砂糖のような甘さが、胸の奥で微かに広がっただけだった。
窓の外では東の方の空が微かに明るくなり始めている。耳を澄ますと、空気が一際張り詰めるような音が聞こえた。
起きるにはまだ早い時間だが、目がすっかり冴えてしまった。
私は寝台から降りると、上着に袖を通しケープを羽織る。ここにいると気が滅入ってしまいそうだ。近くにある湖畔にでも行くとしよう。

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