六花の朝


空気の冷たさと足の裏の感触にだけ注意を向けながら歩き続けると、やがて目の前に小さな湖が現れた。少し風はあるが湖面は穏やかで、白い大きな冬鳥が遠くに浮かんでいるのが見える。あの冬鳥は、あと数日もすれば北を目指して旅立っていくだろう。
雪が積もっていない木の根元に腰を下ろして目を閉じる。水の跳ねる音や鳥たちのざわめきに耳を澄ましていると、一呼吸ごとに心が解れていくような気がした。
明け方の夢で目を覚ました後はいつも気が重い。夢の中が輝いていれば輝いているほど、目覚めた後の世界は冷たく暗く感じる。ずっしりと重い鉛の鎖に繋がれ、冷えた牢獄に閉じ込められているような気分だ。
もし私が人間であれば、この世界の終わりが見える日も来るのだろう。しかし、私はそうではない。いつになれば終わるのかも、終わりがあるのかすらもわからないまま、積み重ねた過去と後悔を引きずって歩み続けるしかないのだ。
ただ、この世界にあるのは苦しみや悲しみだけではない。喜びも幸福もある。特に最近は——。

「ミードさん?」
不意に呼ばれてドキリとする。これまでに聞こえた声とは違う、確かな存在感のある声。血が通った温かい声。
「おはようございます。こんな時間にお散歩ですか?」
私は静かに目を開けると、胸の高鳴りを悟られないよう細心の注意を払いながら、心持ゆっくりとした口調で言う。上り始めた太陽がバラ色に染めた空を背に、一人の美しい乙女が立っていた。
「あ、いえ、その……」
彼女は自分から声をかけておきながら、私が返答したことに戸惑っているかのように言葉を詰まらせた。柔らかい髪に隠れた愛らしい瞳がせわしなく動く。まるで、足元に落ちている言葉を探すように。
「その……ちょっと目が覚めてフラフラっと歩いてたら、チョコレートみたいな匂いがして、それで外を見たら雪の上に足跡があって……こんな時間にどうしたのかなと」
「……心配してくれたのですか?」