いれずみ

「こんばんは。」
 暗い物陰から、女の声がした。
背の低い丸顔の女が、パッチリとした目を細めて微笑んでいる――俺はこの女を知っていた……そうだ、この界隈で時々見かける売春婦だ。
化粧が薄く、きちんとしたスーツを着こなしている女……売春婦にしては珍しいタイプだ。
もっとも、出会い系サイトやテレクラを売春の手段に使う女にはこういうタイプもいる、しかし、いわゆる「立ちんぼ」をするタイプは、総じて化粧が濃く、だらしの無い服装をしている。
「お兄さん、よく見かけるよね。仕事、このあたり?」
 女はそういうと、少しぎこちない仕草で俺の腕を取る。きつ過ぎない程度の香水が、俺の鼻をくすぐった。
この女の変わっているところは、外見だけではない。この女は、一日につき一人の客しか取らない。
金に困っているわけでもなければ、いわゆる色情狂でもない、奇妙な女。
「金は無いぞ」
 本当だった。
栄治から電話がかかる前、俺はスロットで十万スッたのだ。
これから行きつけの雀荘で、適度に金を持っていそうなやつから毟り取ろうかと考えていたところだ。
「いらないわ。だから、ね?」
 ますます変な話だ。俺は珍しく、興味をそそられた。
どうせ盗まれるようなものもなければ、失って惜しい命でもない。この妙な提案に乗ってみよう。

 女をベッドに横たえ、シャツを脱ぐ――俺の刺青を見て、女はどんな反応を示すだろう。
大抵の女は怯える。俺の刺青はその辺のガキや不良外国人がやってる「タトゥー」なんてもんじゃない。れっきとした和彫り。色は三色で片方が鯉、片方が龍だ。
しかし、女はまったく表情を変えなかった。一言「へー、こういうの、初めて見た」と言っただけだった。
 白い肌はひんやりと冷たく、腰はなだらかにくびれ、抱きしめると適度に柔らかい。なにより、女は汗をかかなかった。といっても、表面が乾いているわけではなく、しっとりと手に吸い付くような感覚が気に入った。俺は、汗かきの女が嫌いだ。