いれずみ

「そういうあんたこそ、なぜこんなことしてるんだ? 別に、金に困っているようにも見えないし……。」
 女は上半身を起こすと、膝を抱えて座る。体重を俺に預け、頭は俺の肩の上だ。
しばしの沈黙が、俺と女の間に流れる――女は、言葉を探しているようだった。
その視線は思慮深く、聡明で、ほんの少し沈痛な陰を帯びているが、陰惨な感じがしない。不思議な目だった。
「禊……かな。」
「ミソギ?」
 馴染みの無い言葉。ミソギ……。おぼろげな知識では、それは宗教的な意味を持った言葉だったはずだ。
「禊……というと、冬のクソ寒い朝に、裸で水を被るようなアレか?」
「うん。それも一つの禊ね。由来は、イザナギのミコトが黄泉の国から帰ったとき、死の穢れを川で禊いで、祓い清めたこと。」
子供の頃、幼稚園で聞いたことのある話だ。
確か、男と女、二人の神が国を作るのだけれど、火の神を産んだとき、女のほうが死んでしまう。
男はヨミの国、要は死者の国へ行って女を迎えに行くが、女は生きていた頃の面影もない鬼のようになっていて、男は命からがら逃げるという話だ。
しかし、俺にはこの話と売春が繋がらなかった。
「意味がわからないな。」
「禊というのはね。一度死んで、産まれ変わること。沖縄のユタは、神通力を身につける前に、何日も死の淵を彷徨ったり、身内の死を立て続けに経験したりするの。死の穢れと苦しみを経験して、それを乗り越えて初めて、新しい自分になれるの。」
 俺は怪しみながら女の様子を伺う――なにかに狂信的になっている人間は、陶酔に浸りながら自分の論理を展開している時、妙に瞳孔が開いてギラギラした、猛禽類のような目になる。
けれど、女の目は深い思索の海を漂っているような、ほんの少し伏目がちで、自分の中を探っているような感じだった。