いれずみ

 宗教に興味はないと、突っぱねるのは簡単だ。しかし、女は宗教の話をしたいわけではなく、自分の言いたい事を表現できる言葉が、たまたま宗教的だっただけだろう。
普段ならきっと、無理やり会話を中断していただろう。
けれど、この日は、この女の話を聞いてみたかった。
「セックスってね、女性にとっては死の疑似体験なのよ。オルガズムに到達する瞬間、本当に一瞬だけど、死ぬのよ。喘ぎ呼吸に始まり、全身の痙攣、呼吸停止、意識の喪失。もしかすると、一瞬だけ心臓が止まってるかもしれない。」
「ふーん。でも、なぜ売春なんだ? あんたなら、恋人に不自由しないだろ?」
 そう、ただセックスするだけなら、なにも売春などする必要はない。
なんのために、わざわざリスキーな行為をするのだろう。俺にはさっぱりわからなかった。女の言っていることが何一つ。
「許せないから。」
「……許せない?」
「私ね、父親に犯されて育ったの。」
 心の動揺が手に伝わり、煙草の灰をベッドの上に落とした。
慌てて手で払う――熱い。俺は少し火傷した。
「初めて生理が終わってすぐ。ずっとね。中学を出てからは高校も行かなかった。十七の時に妊娠。でも、流産しちゃった。それで私は、子供を産めない体になって……父さんから逃げてきたの。」
 女は、まるで昨日食べたものを言うように、何の感情も無い声で言った。
男の俺には想像できない、女の持つ苦しみ、痛みが、まるで「なんでもないこと」のように語られることに、俺は寒気にも似た恐怖を感じた。
「東京に来て生まれて初めて、好きな人が出来た。なのに、その人に初めて抱かれたとき、私は父さんに抱かれていることを思い出していたのよ。そして、私は父さんの腕の中でいってしまった。私は、私を許せなかった。」
 女の手が、俺の刺青をそっと撫でる。
冷たい指先は、妙に熱を帯びているように感じられ、触れられた部分が暖かく感じる。
「私は、自分を物として扱うことで、物として死ぬことで、自分を罰し続けたのよ。けれど、いつも父さんが現れる。私は、父さんが消えるまで、自分を罰し続けなければならなかった。お金を貰うとね、それが例え千円でも、物として扱われた気になれる。だから売春だった。それだけ。」