いれずみ

 俺は女の手を握って、駅までの道を歩きながら、さっきの女の話と、自分が刺青を入れた理由を考えていた。
そう、俺はただ、変わりたかったんだ。幸枝を忘れることじゃなく、幸枝の死を受け入れる強い人間に。自分の過去を乗り越えられる人間に。
俺が女の手を強く握ると、女も手を握り返した。
「あんたは強いな」
 俺が呟くと、女は足を止めて俺を見上げる。
背が低くて、丸顔で、二重まぶたの女――。
「あなただって、そうよ。」
女は、ゆっくり手を離すと、服の上から俺の刺青をなぞる。
「あなたの禊は終わっているもの。あとは、滝を登る勇気だけ……。私ね、あなたに抱かれた時、父さんのこと、思い出さなかった。おかげで勇気が出たよ。ありがとう。」
 女は、俺の顔をみてニッコリ微笑む――女の言葉に、俺は愕然とした。
俺も、この女といる間、幸枝のことを思い出さなかったからだ。
不意に、柔らかい唇が俺の口を塞ぐ。優しいキス。
「最後の人があなたでよかった。さようなら。」
 ゆっくりと唇を離した女は、そう囁くと、かすかな甘い香りを残して人ごみの中に消えていった。
俺は追いかけようともせず、その場に立ち尽くしていた。
もう二度と会えないだろうという予感と、微かな胸の痛み――。
俺はケータイを取り出した。
「栄治、さっきの話、もう一度してくれないかな……。」

今日から、生まれ変わろう。

「終」

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