みんなで卒業しませんか?


 新宿から「あずさ」に乗って山梨県へ向かう。
映画の早回しのようにどんどん変わっていく風景に、ミチルは目を輝かせていた。
「ソーダさん。」
「はい。」
「彼女……卒業するには、ちょっと幼すぎるのでは……?」
「私もそれを考えていました。しかし、どうしたものか……。」
 ミチルに聞こえないように、小さな声でソーダさんと話し合う。彼女は幼すぎる、少なくとも、僕やソーダさんにはそう感じられた。
今すぐ卒業なんて考えなくても、いくらでも時間がある……と思う。
「ソーダっ! みてみて、アレ!」
 ミチルが大きな声で呼ぶと、ソーダさんは驚いて座席から数センチ飛び上がった。
いそいそとミチルのそばに駆け寄り、同じ窓から外を眺める姿は、まるで仲のいいお爺ちゃんと孫のようだ。
 僕も窓の外に目をやった――色とりどりの鯉のぼりが、青い空を悠々と泳いでいる。
そういえば、僕の田舎でもこの時期になると、あたり一面を覆いつくすくらいの鯉のぼりが飾られていたな。
川岸から川岸まで、めざしのように並んだ鯉のぼり……風が吹くたびに飛び跳ねて、妹が喜んでいたっけ。
「ソーダさんは、なぜ卒業しようと思ったんですか?」
 不意に、僕の口から言葉が飛び出した。
ソーダさんとミチルが、揃ってこちらを向く。僕は、ただなんとなく口にしてしまった言葉が急に嫌らしい物の様に感じ、両手で口を塞いだ。
「すみません、詮索するつもりじゃ……。」
「孫と妻を、死なせてしまったんですよ。」
 ずしりと、ソーダさんの言葉が胸をついた。
人を死なせてしまった。それも、自分の妻と、血の繋がった孫を……。
「息子が三十を超えてからの結婚しましてね。まぁ、歳が歳だから、孫は諦めていたんですがね……授かったんですよ。私たちも口では諦めたといっていましたけれど、やっぱり嬉しくてね。妻も私も、そりゃもう可愛がったもんですよ。」
 悲しげに目を細めるソーダさんの横顔を、ミチルはじっと見詰めている。
僕は、どこに視線をやっていいのか分からず、自分のつま先をじっと見つめていた。
「孫が三歳のときです。息子夫婦が仕事で長く家を開けることになりましてね、私の家で預かることになったんですよ。その時分は、私もまだ現役でしてね。妻から孫のお弁当の材料を買って帰るよう頼まれていたのに、すっかり忘れていたんです。二人は、私が帰らないので買い物に出かけましてね……その途中で、トラックにはねられたんですよ。」
 ソーダさんがポツリポツリと話す……僕は、今更ながら、自分の言ったことが恨めしく思えた。
思い出すことも辛いだろう事を、僕は聞いてしまったんだ。
「孫は即死でした。妻は打ち所が良かったんでしょうなぁ、骨折だけで済みました。が、自分を責め続けて、心を病んでしまいましてな。毒を飲んで死んでしまいました。」
 力のない笑顔を浮かべ、ソーダさんは言った。
全部、私が悪いんです。と――。
ミチルは小さな手でソーダさんの手を握ると、窓の外を指差し「鯉のぼりだ」と言った。