みんなで卒業しませんか?


 僕たちは三人一緒に風呂に入った。
父親と一緒に入浴した経験のないミチルは、最初とても恥ずかしがっていたけれど、一旦入ってしまうと恥ずかしさも消え、大はしゃぎだった。
 料理は川魚や山菜といった山の幸で、僕にとっては懐かしい感じの料理だった。
普段、コンビニのお弁当や、惣菜のコロッケを食べているミチルには、なんでもかんでも物珍しく感じるようで、箸で山菜をつまみ上げては「これなぁに?」を連発していた。
 ソーダさんは物知りで、ミチルの質問全てに丁寧に答えていた。
「キジ打ち」なんて言葉を使うあたり、若いときは山男だったりするのかもしれない。
僕も、ミチルも、ソーダさんも、誰かと一緒に食べる夕食が本当に久しぶりで、会話がはずむ楽しい食事となった。
最後の晩餐は、楽しいに越したことはない。

 民宿女将さんが三組の布団を並べ終え、そそくさと出て行くと、僕たちはお互いの顔を見合わせた。
そろそろ、本当の卒業式だ。
「妻が飲んだ毒の余りです。警察が来たとき、こっそり隠しておきました。」
 ソーダさんがカバンの底から小さなビンを取り出した。
ラベルのはげかけたビンを、僕とミチルは凝視する――NaCNと書いてあった。
「民宿の方に、迷惑をかけちゃいますね……。」
「仕方ありません。お詫びとしては少ないかもしれませんが、五十万ほど払っておくように……と、遺書に書いておきました。」
「苦しくないの?」
「苦しまずにコロリだそうですよ。」
 ミチルが僕の浴衣をぎゅっと掴む。僕は手のひらが汗ばんできた。
ソーダさんは、僕たちをじっと見つめる。――「やめるなら、今ですよ。」
僕とミチルは静かに首を振った。一人ならきっと、ここで止めてしまっただろう。けれど、今日は一人じゃない。三人いれば、一人では出来ないことも出来るはずだ。例えそれが自殺でも……。
 ソーダさんは、一つ大きな呼吸をしてからビンの蓋をゆっくり開ける。 湿気を含んだ白い粉が、ビンの中に見えた。
女将さんが置いていった湯飲み茶碗に、ソーダさんは白い塊をころころと入れると、それを水で溶かしていく。シュワシュワという小さな音が聞こえた。
「0.2グラムで致死量だそうですから、これだけ飲めば確実に死ねるでしょう。」
 毒入りの水が三つ、僕たちの前に作られた。
ソーダさんは、ほんの少し震える手で湯飲み茶碗を掴む。
ミチルと僕も、意を決して手に取った。
ソーダさんが湯飲み茶碗を目の高さに掲げたので、僕たちもそれに倣う。彼は一つ深呼吸をして言った。
「卒業、おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
 ソーダさんは、湯飲み茶碗をシャンパンの入ったグラスのように高々と差し上げ、ぐいっと一気に飲み干した。
僕とミチルも、ほぼ同時に飲み干す……。
「……。」
「……。」
「……。」
「……何も起きませんね。」
「……効くのに時間がかかるのかもしれませんな。」
 僕たちはお互いに無言のまま、時計の音を聞いていた。誰一人、苦しむような気配どころか、死にそうな気配すらない。
ミチルが大きなあくびをした。
ふと時計を見ると、時間はすでに午後十一時を回っている。
「寝ますか。」
「そうですな。寝ている間に毒が効くんでしょう。寝ている間に死ぬというのも悪くありませんな。」
僕たち三人は、寝ている間に毒が効くことを期待しながら、布団に潜り込んだ。