みんなで卒業しませんか?


 拝啓、宵待ち様
新緑の候、いかがお過ごしでしょうか。
東京は早くも夏を思わせるほど厳しい暑さが続き、老体には少々堪える毎日です。
あの「卒業旅行」から数年たち、ミチルは中学生になりました。
ミチルの両親と一緒に入学式に行きましたが、制服姿も可愛らしく、これから輝かしい青春時代を迎えるのだろうと考えると、嬉しさのあまり涙が滲む想いでした。
 そうそう、嬉しいことといえば、先日、嫁が懐妊したという知らせを受けました。
高齢ということもあり心配はつきませんが、孫が二人になる喜びに、今から胸が高鳴っております。
毎日、朝夕欠かさず妻の遺影に手を合わせ、孫たちを見守ってくれるよう祈願しております。
 宵待ち様も、この度ご結婚とのことで、本当に嬉しい次第です。
どうか、末永くお幸せにお過ごしくださるよう、心よりお祈り申し上げます。
これから日増しに暑くなって行きます、なにとぞお体にはお気をつけください。敬具

追伸、青酸ナトリウムという毒物は、長い間外気に触れていると重曹になってしまうそうです。

「兄ちゃん! 式場見に行くんでしょ? 弘子さん待ってるよ!」
「ああ、今行くよ!」
 妹の呼びかけに応えると、僕はパソコンの電源を切り、急いで階段を降りた。
外に出ると、あの日と同じように、太陽が容赦なく熱を浴びせかけてくる。
青い空、くっきりとした影を落とす木々、大きく息を吸い込んだとき、鼻をくすぐる緑の香り――僕の生まれたところ。
「兄ちゃん、何してるの。早く行かないと道が混んじゃうよ!」
「へいへい。」
 車の後部座席から僕を急かす妹――どうして僕の結婚式場の下見に、お前がついて来るんだ?
助手席のシートで、恋人の弘子がクスクスと笑っている。
僕は運転席に乗り込み、シートベルトをきっちり締めると、車を発進させた。

 ガタガタとした狭い田舎道を走っていると、不意に妹が声を上げた。
「兄ちゃん! 鯉のぼり!」

三匹の鯉が、青空の海を泳いでいる。

    終わり

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