たまご

「シロ?」
僕が呼びかけると、シロは月明かりでキラキラと光る金色の目を僕に向け、小さく首をかしげて歩き出した。ついて来いとでも言わんばかりに。
「ヤスベエ! マキオ! 行こう!」
 二人の背中を叩いた。
目を真っ赤に泣き腫らした二人が僕の顔を見上げる。それに応えるように、僕は笑った。多分、人生でも数えるくらい頼りがいのある笑顔で。
 よろよろと立ち上がろうとする二人を手伝い、シロの方に目を向ける。シロは、僕たちの数メートル先に立ち止まって、こっちを見つめていた。
シロにはわかっている。僕たちの不安、恐怖、そして、そこから抜け出す道を。僕はそう、直感した。
 すでに足元の暗い道を注意深く、シロの後を追って歩く。こんなに暗いところで、どこかも分からない場所で怪我でもしたら大変だ。そういう思いが、僕たちの歩みを鈍らせる。
シロは月明かりを浴びて、白い羽毛をキラキラと輝かせながらゆっくり歩き、時々立ち止まって振り返っていた。
 実際は十分だったのか、数時間だったのか。とにかく、僕には永遠と思えるほどの時間を歩いたとき、木々の隙間から黄色がかった光がチラチラと揺れているのが見えた。
「キヨちゃーん!」
「ヤッちゃーん!」
「マキオくーん!」
 僕たちの名前を呼ぶ声。
光の方に近づくにつれ、その声はどんどん大きくなり、やがて――。
「いた! 増山先生! いましたよ! 小林に山田……井上もいます!」
 黄色いライトが僕たちの顔に当てられる。思わず目を閉じてしまったけれど、その声は用務員のおじさんの声に違いなかった。
周囲にざわめきと、たくさんの足音が響く。無数に乱舞する光と、走ってくる人影。
「お母さん!」
 ヤスベエが駆け出す。マキオはその場に立ち尽くて泣いた。
僕はただ、不安と緊張が一気にはじけとんで力が抜け、ぺたりと座りこんでしまった。 よかった。僕たちは助かったんだ。
 シロがここまで案内してくれなければ、僕たちはどうなったんだろう――シロを撫でてやろうと、僕は振り返る。
「シロ……?」
暗い闇の中でもぽっかりと浮かんで見える小さな体は、忽然と姿を消していた。