偽天使の厄日

「えーっと、く、り、す、ま、す、ち、き、ん……あった!」
 真っ暗な部屋のなかで一人の少年がスマートフォンをのぞき込んでいる。画面に映っているのは最近流行りのフードデリバリーサービスのアプリの画面で、クリスマス用のローストチキンが表示されていた。
「うーん、たしかママは……これ……かな?」
 少年は、母親がデリバリーを注文している様子を思い出しながらたどたどしい手つきでスマートフォン操作する。何度か画面が切り替わったあと、注文した品を準備中であることを知らせる画面が表示され、少年はほっと胸を撫で下ろす――彼は画面に表示された字を読むことはできなかったが、何度か見たことがある鍋のイラストを見て、無事に注文できたことを理解したのだ。
「ママ。僕、チキンをおねがいしたよ。今日はクリスマスだよ。一緒に食べようね」
 少年は布団に横たわって目を閉じている母親に、スマートフォンの画面を見せながら誇らしげに言った。しかし、彼の母は無言で背を向けたまま、身じろぎ一つしない。
「きっと、食べたら元気になるよ、ねぇ、ママ」
わずかに寂しげな表情を浮かべたあと、数日前から床にふせっている母親に労りの言葉をかける。母親はやはり始終無言だった。
 窓の外から鈴が転がるようなかすかな音が聞こえる。少年はベランダの窓に歩み寄り、そっとカーテンを開く——雪だ。
「わぁ、雪だ!」
真っ白な雪が黒い夜空からフワリと舞い降りてくる。まるで、絵本で見た天使の羽根のようだと少年は思った。
「サンタさん、来るかなぁ……」
 吐息交じりの声が冷えたガラスにかかり白い円を描いたかと思うと、外側からとけるようにゆっくりと消えていった。

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