偽天使の厄日

「まったく人間どもめ、まったく忌々しい」
 悪態をつきながらサンタ帽を脱ぎ捨て、少し乱れた髪を手で直す。在家信者の様子を確かめに行ったら奇妙な帽子をかぶせられ、わけのわからぬ乳母の話をされ、異教の儀式を調査に来たら子供と死体に出くわした。厄日というのはこういう日のことを言うのかもしれない。
少年が鶏を抱えて戻ってきた。ジョルジオは少年から鶏を受け取ると、左腕でそれを抱え込みながら、右手中指の指先を軽く噛み、口を使って手袋を脱ぐ。
「穢れた異教徒に屠られるより、我が主と大いなる意思にその魂を捧げるほうが幸せであろう。運のよい獣だな」
 そう言って鶏の首を一撫でしたあと、右手をその頭の上にかざして小さな声で呪文を唱える。日本語ともアポストリア教団の公用語とも異なる不思議な響きを持ったその言葉は、短い音楽のように心地よく耳に響いた。
 わずか十数秒の詠唱が終わると、鶏は目を閉じてグッタリと首を垂れ、その生命活動を終える。ジョルジオは死んだ鶏を静かに床におろすと、その姿勢が美しくなるよう羽や首の位置を整えた。生贄となった命へのせめてもの餞だ。
 ジョルジオは両手を胸の前で組み、祈りの言葉を捧げる。右手の甲に見たことのない形の紋が燐光を発しながら薄っすらと浮かび上がったかと思うと次第に薄れ、それに代わるように左手の甲に別の形の紋が浮かび上がった。
「人間」
 目の前で行われている光景をただ黙って見ていた少年は、突然呼びかけられてビクりとする。乾いた喉から絞り出された声は小さくかすれ、音として認識することすら困難だった。