偽天使の厄日

「我が主に代わり福音を授ける。その魂にこの瞬間を刻み、喜びと感謝を忘れるな。たとえその身が朽ち果てようとも」
「はい」
 その言葉は少年には難しく、何を言っているのかはわからなかった。しかし同時に、何を言おうとしているかは明確に理解できた。
 ジョルジオは紋が浮かんだ左手を母親の額にかざし、目を閉じて呪文を詠唱する。鶏の命を奪うときとは違い、その呪文は長く、複雑な音を伴っていた。
呪文が刻むリズムに呼応するように、紋から放たれる燐光が次第に強くなり、空気が微かに震え、笛の音のような音が聞こえ始める。光と音と空気が渦を巻き、少年は思わず目を閉じた。
 空気の震えがひときわ大きくなり窓ガラスがびりびりと震える。緊張が風船のように膨れ上がり、限界までピンと張り詰めたかと思った瞬間——目を閉じていても眩しく感じるほどの強い光がほとばしり、何かが弾けた。
 ほんのりと甘く苦みのある香りの風が吹き、少年の鼻先をかすめる。恐る恐る目を開けると、部屋を満たしていた燐光はすっかり消え、部屋は静寂と暗闇の中に沈んでいた。
 ジョルジオは母親の額にかざしていた手をどけると大きく息をつき、脱いだ手袋をはめ直す。
「一晩だ」
用は済んだと言わんばかりに立ち上がって乱れた髪を直しながらジョルジオは言う。その声に反応するかのように、横たわっている母親のまぶたがピクリと動いた。
「……ママ?」
 少年が呼びかけると、眠るように閉じられていたまぶたがうっすらと開く——。 「ママっ!」