偽天使の厄日

 少年はきょとんとした表情を浮かべる。大男のことは相変わらず怖かったが、サンタの帽子とクリスマスの挨拶から、悪意はないのかもしれないと感じ始めていた。
「うばってなぁに? ここには僕とママだけ……」
 そう言いかけて少年ははたと思い出す。知らない大人の人と話すときは「です・ます」で話しなさいと母親が言っていたことを思い出したからだ。
「ここにいるのは僕とママだけです」
「ふむ。礼儀は弁えているようだな。しかし、奇妙なことを言う。ここにいるのはお前だけだ」
「ママは奥にいます。具合が悪くて寝ています」
 少年が言うと、男は小さなため息を一つついてからゆっくりと腰を折り、玄関のたたきに座り込んだままの少年の目をのぞき込む。その表情は見えなかったが、闇の中で鷹のような金色の目がギラリと輝いて見えた。
「お前は何か勘違いしているようだ。まぁ、勘違いしていたのは俺もだがな。とにかく、これを早く受け取れ、人間」
 男は手に持っていた鶏を、半ば強制的に少年の腕の中に押し付ける。低く唸るような声で鳴く鶏の体は温かく、少年の冷えた体と心を急速に溶かし、それは熱い涙となって両目から溢れかえった。
「う……うわぁぁぁぁぁん!」
「なんだ、突然」
「うわぁぁぁぁぁん!」
「やめろ、俺は子供の泣き声が苦手だ」
「うわぁぁぁぁぁん!」
「くそっ」
 けたたましい泣き声に異変を感じた近隣住民が窓やドアを開け始めたのを見た男は、慌てて中に滑り込むと玄関ドアを閉める。窓越しに入る光しかない部屋の中は、冬の水底のように暗く冷え冷えとしていた。少年の泣き声はまだ続いている。とにかく、泣き止ませなければ――。