ネズミ

 次の日、オレは久しぶりに制服を着て、ネズミの家に向かった。
ネズミの家は小さな借家で、葬式だというのに人気が無かった――白い布のかかった事務机の前に、中年男が汗を拭きながら座っている。
オレは慣れない筆ペンで住所と名前を書き、オヤジから渡された香典袋を渡す。
玄関は開け放されていて、中の様子が見えたが――祭壇の前にいるのは、お経を唱えている坊主と、黒い着物の女性だけだった。
 オレが靴を脱いであがると、その女性が深々と一礼する。オレもつられるように会釈すると、女性の前に正座した。
「石井君ね? 今日は来てくれてありがとう。」
 ネズミの母ちゃんらしい。小柄で目が大きいところが、ネズミと似ていた。
オレは焼香を済ませると、小さな祭壇に飾ってある写真を見つめた。
学校にいたときの、あの無表情なネズミがいる――ネズミ、なんて顔してるんだ。病院にいたときはいつも笑ってたじゃないか。
「義治は、入院してすぐ、末期がんだと診断されました。スキルス胃がんにかかっていて……余命三ヵ月だと……。」
 ネズミの母ちゃんが声を詰まらせる。
がん……? 余命三ヵ月……? そんな、あんなに元気だったじゃないか。嘘だろ? 悪い冗談……。
そうだ、ネズミはあの時「死ぬまでには完成させる」って言ってた。あれは冗談なんかじゃなかったんだ。あの時、ネズミはもう、自分の命が長くないことを知っていたんだ。
それに、ずっと不思議だったんだ。どうして骨折で入院したアイツが、点滴なんか打ってるんだろうって。普通なら、骨折の人たちって外科だよな。なのに、なんでアイツは内科の病棟にいたんだろうって。
「義治が、石井君にと……。」
 ネズミの母ちゃんが、白い箱を出した。
最中が入ってるような、薄っぺらい箱――ちょうどノートが入りそうなくらいの……。
オレはそれを受け取ると、そっと箱を開ける。
『石の箱舟』が、眠るように入っていた。

「リバーストン、見ろよ。俺たちの星が……サイレント・ノアが遠ざかっていく。」
「ヨシハル、やったな。俺たち、とうとう宇宙に出たんだ。これからは、俺たちみんなで、新しい星で暮らそう。」
 ヨシハルとリバーストンは、強く手を握り、互いの健闘をたたえた。
深い闇のなかに浮かぶ青い星――サイレント・ノアは、二人を見守るように優しい光を放っている。ノアの子孫、ゴッド・チルドレンを――。