ネズミ

 その後、宮脇とネズミは教室に戻ってこなかった。
宮脇は停学処分になり、ネズミは骨折したとか何とかで病院に連れて行かれたらしい。
さっきの騒動で事件の全容が明らかになった。
 体育の授業が終わった後、女子が着替えに戻ると、窓が開いていた。慌てた女子たちは急いで盗まれたものが無いか調べたところ、特に盗まれたものは無いかったが……成田さんの制服に、べっとりと精液が付着していた。
 そんなことが出来るのは、体育で誰もいなかった一時間だけ、そうなると犯人はその時間、アリバイが無かったヤツだけ。
厳密に言えば、他のクラスのヤツでも犯行が可能だったけれど、クラスのヤツラは二人の人物を疑った。
横山光男と根津義治。つまり、体育の授業だけいなかったミツオとネズミ。
けれど、ミツオはいつも体育をサボっているから、あまり不自然に思われなかったらしく、クラスの疑念はネズミに集中した。
 しかも、体育を休んだ理由が「ウンコが止まらない」では、いかにも嘘っぽく、それが余計に疑いを助長していた。
彼らの疑いを最終的な確信にしたのはミツオだった。
念仏の授業中、ミツオは言ったのだ「オレ、女子部屋の方からネズミが走ってくるの、見たぜ。」と。
 成田さんのファンの中でも一番カッとなりやすい宮脇は、ミツオの「目撃証言」をすっかり信じ込んでしまい、昼休みにネズミを殴った。
それからネズミは、変態のレッテルを貼られてしまった。オレとミツオを除く、クラス全員に。

 事件から三日間、成田さんは学校を休んでいたけれど、すぐに元通りの表情で登校してきた。
ショックを受けたのは確かなようだけど、すっかり立ち直って気にしていないようだった。
他の女子が「犯人はネズミだよ!」と言うと、成田さんはちょっと困ったような表情を浮かべた。
 一週間で宮脇が登校してきた。
罰で丸刈りにさせられたせいか、しばらくは不機嫌だったが、成田さんが元気そうなのを見ると、たちまち勢いを取り戻した。
 ネズミは宮脇が戻ってきた後も戻ってこず、ミツオはそのフラストレーションをオレにぶつけてきた。
オレは中学時代と同じように、ミツオのパシリに逆戻りしていた。
 事件から二ヶ月、あの話は誰の口からも出なくなり、まるで最初からなにも無かったように、教室は元通りの喧騒と怠惰に包まれていた。
ただ、ネズミの席だけがぽっかりと空いていた。