ネズミ

 オレが言うと、成田さんはそう応えたきり、沈黙してしまう。
もしかして、成田さんはミツオのことが好きなんだろうか? 何か言いたげに、オレの様子を伺っているけれど、もしかして、ミツオとの仲を取り持って欲しいとか?
「あのね、石井君。お願いがあるの。」
 オレは内心、ため息をついた。
人前では、ちょっと不真面目だけどお調子者という役柄を演じ、オレやネズミの事をパシリに使ったり、小遣いを巻き上げていることを上手く隠している。
クラスではそこそこの人気者で、身長こそそれほど高くないけれど、顔はチャラチャラした男前という雰囲気だ。
成田さんも、結局はミツオの外見に騙される、普通の女の子なんだ……。
「根津君のところ、お見舞い行ってくれないかな……。」
え?
 オレはまるで奇襲を受けた気分だった。驚きのあまり、根津というのが、ネズミの名前だと思い出すのに、少し時間がかかったくらいだ。
今は誰もその話しをしないけれど、成田さんの制服にイタズラしたのはネズミということになっている。本当のことかどうかは別として、被害者の成田さんが、ネズミのところにお見舞いに行って欲しいというなんて……。
「あのね、先生には誰にも言うなって言われたんだけど、根津君、学校辞めちゃったんだって。根津君が学校を辞めた理由は教えてもらえなかったけど、あのこととか、宮脇君のことが原因なんじゃないかって……宮脇君が根津君に暴力振るったの、私のせいだし……。」
 ネズミが学校を辞めた――。
アイツ、逃げたんだ。くそっ! お前がいなくなったら、オレがまたターゲットにされるんだぞ! 卒業までずっと、ミツオのターゲットにされるのなんてごめんだ!
オレは一瞬、頭に血が上り、すぐにサッと血の気が引いた――オレは最低だ。
そうだよな、ネズミだって毎日いじめられたら、逃げたくなるよな。そうだよな……オレ、ネズミがどんな気持ちか一番分かってたはずなのに、ミツオが怖くて、自分にターゲットが戻るのが怖くて、ネズミのこと助けようともしなかった。オレ、本当に最低だ。
「私……根津君に謝りたいの。でも、あのことが原因だったら、根津君、私になんか会いたく無いでしょ? だから、石井君。お願い。」
 成田さんは本当に責任を感じているようだった。自分で会いに行きづらい理由も納得できる。けれど、わからないことがあった。
「成田さんは被害者でしょ? どうして謝るの?」
 単なる責任感、単なる自己満足だとしたら、オレは行きたくなかった。 ネズミが学校を辞めてしまった原因は、オレにだってあるから……けれど、オレはそれを認めたくなかった。自分の弱さ、自分の身勝手さを直視したくなかったから。
 オレの質問に、成田さんはキッパリとした声で言った。
「根津君、みんながいうようなことする人じゃないもの。」