ネズミ

「おい、フェラチオ。アンパン買ってこい。」
 二時間目と三時間目の間の休み時間、ミツオはオレの肩を叩いて言った。
オレはいつものように、慌てて財布を取り出そうとした、その時――。
「なんだ、この汚いノート? なんだこれ、ネズミの字じゃねぇか! アイツ、ネズミのクセにこんなもん書いてたのかよ。」
 オレの机の上にあった『石の箱舟』を見て、ミツオが笑った。
ミツオの手が伸び『石の箱舟』をさっと掴む――オレの頭に血が上った瞬間。
「汚い手で触るな!」
 今まで出したこと無いくらいの大きな声が、オレの胸から飛び出した。 椅子がひっくり返るような勢いで立ち上がると、教室が水を打ったように静まり返る。
ミツオが、ものすごい目つきでオレを睨みつけ、オレは一瞬、怖気づきそうになった。
 負けるな、体はオレのほうがデカいんだ。力だってきっと、オレの方が強い。
こいつはネズミをバカにした。今までのことは、ネズミが許したことだからオレも許す、けれど、ネズミが死んだ今。アイツのことをバカにするやつはオレが許さない!
オレはミツオを睨み返した。視線で殺せるんじゃないかと思うくらい、強く。
「……なんだよ。冗談だろ。」
 ミツオはオレの机の上に『石の箱舟』を放り出すと、面白くなさそうな表情で教室を後にした。
やった! オレはミツオに勝ったんだ!
気が抜けたように、椅子にへたり込む――教室中が騒然となった。
「石井! お前すげえ迫力だな!」
「石井君! かっこよかったよ!」
みんながオレの周りに集まる。
成田さんが、こっちを見て微笑んだ。


俺たちはネズミだ、いつも穴の中に潜って、上のヤツラには害虫扱いされる。
だけどなぁ、リバーストン。ネズミは何日も、何ヶ月も、何年もかけて、固い壁をぶち抜くんだ。
俺たちには想像できないほど固い壁でも、その先にある世界を目指して、ネズミはかならずやり遂げる。
リバーストン、俺たちはネズミだ。誇り高いネズミだ。だから、ネズミらしく戦おうじゃないか。階級の壁をぶち抜いて、この星の壁をぶち抜いて、新しい世界へ行くんだ!

そうだな、ネズミ――。

            「終」

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