ネズミ

 その週末の日曜日、オレはバスに乗って市立病院へ向かった。
クラスの連絡網を見てネズミの家に電話すると、アイツの母ちゃんが出た。
思っていたより若い声だったので、オレは妙に緊張にしながら考えていた口実で病院と病室を聞く。市立病院の西病棟三階、306号室だそうだ。
 病院の案内にしたがって病棟に入ったオレは、メモを片手にネズミの病室を探す――306……306……あった!
病室は六人部屋で、入っているのは四人。一番右上に縦長のクセ字で『根津義治』と書いてあった。
 アイツの母ちゃんに、見舞いに行く日や時間を言っていないので、ネズミはオレが来る事を知らない。アイツはどんな顔をするだろうか? アイツはいつも無表情だったから、オレが来てもなんとも思わないかもしれない……いや、オレのことを恨んでいて、背筋が凍るような目つきでオレのことを睨むかも……。
 ドアの前でじっと考え込んでいると、ガラガラという音が近づいてきた。
振り向くと、点滴スタンドを杖の代わりにして歩いている爺さんが、深いシワに埋もれた目で、こっちを見ていた。
「こ……こんにちは」
「あー……」
 爺さんはニッコリ微笑んで会釈をすると、オレの目の前にあるドアを開けようとする。
片手しか使えない上に、力が入らないのか、ドアを開けるのが大仕事という感じだ――オレは、爺さんに代わってドアを開けた。
「あー……」
 爺さんはもう一度会釈をすると、点滴スタンドを押しながら病室の奥に向かった。
ドアを開けたことでオレは決心がつき、病室に足を踏み入れる。
カーテンの隙間から見えるベッドをちらちら確認しながら、ネズミのベッドを探す。誰のものでもないベッド、イヤホンをつけてテレビを見ている爺さん、小さい子供連れの見舞い客――病室の一番奥、カーテンの隙間からちらりと、黒い学生服が見えた。
 オレは底で一旦立ち止まり、深呼吸を二回する……すーはー、すーはー……心の中で「行くぞ!」と渇を入れ、一歩踏み出す。
「ネズミ……」
カーテンをそっと開けて呼びかける――ベッドの上は、空だった。
「なんだよ……」
 オレはがっくりした反面、少しほっとした。
トイレにでも行ってるのかな……。
ネズミのベッドは窓際で、大きな窓から柔らかい光がさしていた。ベッドに腰掛けると、ポカポカ暖かくて気持ちよく、オレは少し眠気を覚えた。
さすがに、病院のベッドで寝ちゃ悪いな……と、思ったオレは、何か眠気覚ましになるようなものはないかと思い、辺りを見回してみる――ベッドの枕元に『石の箱舟』とかかれた大学ノートが置いてあった。
オレは何気なくそれを手に取ると、パラパラとめくる――それは、あの縦長のクセ字で書かれた小説だった。